1895年〜1911年の詳細件数 | 85件 |
西 暦
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月
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で き ご と |
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1895年
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11月
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レントゲン(独) X線を発見 |
1895年
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11月
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Wilhelm Conrad Roentgen 50才 X線を発見 於てWuelzburg大学 午後4時頃 |
1895年
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11月
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Roentgen X線を発見 |
1896年
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Daniel 照射による脱毛症状を知る |
1896年
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Despeignes (フランス) 胃癌の治療 |
1896年
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Finsen (デンマーク) 狼瘡の光線療法 |
1896年
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Freund,L (オーストリア) 有毛性色素母斑を治療 |
1896年
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Grubbe (米) 乳がん・狼瘡を治療 |
1896年
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Voigt (独) 鼻咽頭癌の治療 |
1896年
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1月
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島津製作所 シアン化白金バリウム蛍光板を試作 |
1896年
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10月
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第三高等学校教授 村岡 範為馳 島津 源蔵 島津製作所実験室においてx線発生実験に成功 |
1897年
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Freund, Schiff, Kuemmel他 皮膚疾患のX線療法 |
1897年
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Gocht, Bryant, Loewe, Hahn,R,, Schiff 乳がんのX線療法 |
1897年
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9月
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島津製作所が教育用x線装置を製作し、巡回展示した |
1898年
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Freund 毛瘡の治療 |
1898年
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Hahn 慢性湿疹の治療 |
1898年
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Jutassy 疣贅の治療 |
1898年
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Kuemmel, Schiff 狼瘡の治療 |
1898年
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Ziemssen 乾癬の治療 |
1898年
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3月
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東京帝国大学医学部第一医院外科教室にスクリバ教授がドイツから持ち帰ったレントゲン器械を設置した価格運賃共で800余円 |
1898年
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7月
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Curie夫妻ポロニウムを発見 |
1898年
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12月
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Curie夫妻 ラジウムを発見 |
1898年
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12月
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Curie夫妻 Radiumを発見 |
1899年
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Kienboeck 円形禿頭症の治療 |
1899年
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kienboeck, Ehrmann ケロイドの治療 |
1899年
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2月
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東京日本橋本町 医療器械店 田中 杢次郎 レントゲン器械の輸入販売を始めた |
1899年
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5月
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東京第一陸軍衛戌病院にシーメンス製移動式レントゲン器械を設置した芳賀 栄次郎は野戦病院に携行し使用した |
1899年
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7月
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軍艦常盤横須賀に帰着、積載したx線装置を横須賀海軍病院に設置した |
1899年
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9月
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仙台第二高等学校医学部は後藤風雲堂からx線器械を金1000円で購入した |
1899年
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12月
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東京電気 実験室を新設 (マツダ研究所の前身) |
1901年
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Danlos (フランス) ラジウム を用いる皮膚疾患治療 |
1901年
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岡村 龍彦 皮膚科及び泌尿器科雑誌に「皮膚病治療上にレントゲン光線の応用」を報告 |
1901年
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1月
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東京市本郷区湯島明神坂 安中 常次郎商店 レントゲン器械を販売 |
1902年
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−
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Senn & Pusey (米) 白血病及び類白血病の治療を始める |
1902年
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Skinner 腹部悪性腫瘍のX線深部治療 |
1902年
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1月
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六桜社 設立 東京市淀橋区角筈に工場ならびに研究所六桜社を創立 創立者 6代目杉浦 六右衛門 乾板と印画紙の製造研究 |
1903年
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Alexander Graham Bell ラジウム による深部治療を考案 |
1903年
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−
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Holfelder 十字火照射X線療法を提唱 |
1903年
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3月
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後藤風雲堂店主 後藤 節蔵 渡欧 |
1903年
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3月
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島津製作所 感応コイル方式x線装置を製作 |
1903年
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3月
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六桜社 本邦最初の国産感光材 さくら乾板 印画紙を発売 |
1903年
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3月
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後藤風雲堂ドイツ ヒルシュマン社製 インダクションコイル方式レントゲン装置を輸 入し、高知市近藤虎治医院に納入 |
1903年
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9月
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田中館 愛橘 ラジウムを持って欧州から帰国 |
1904年
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Deutsch 子宮筋腫のX線療法 |
1904年
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Foveau de Courmelle 子宮筋腫のX線療法 |
1904年
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三浦 謹之助 「ラジウムについて」神経学雑誌 でラジウムの治療応用ことに鎮痛作用について述べた皮膚潰瘍の危険を指摘している |
1904年
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西郷 吉義 「x放射線と悪性腫瘍」を中外医事新報に発表 6症例にx線治療を行った |
1904年
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1月
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佐世保海軍病院イルフォード乾板を用いてx線写真を撮影 |
1904年
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4月
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芝浦製作所設置される |
1904年
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6月
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芳賀栄次郎日露戦争にX線装置を携行させ、第四野戦病院に設置し、戦傷治療に使用した世界最初の軍陣使用であった |
1904年
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12月
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Ch. H. Mayo バセドウ氏病の治療 |
1905年
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Abbe 子宮癌のラジウム治療 |
1905年
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Bergonie & Tribondeau 細胞の放射線感受性にいての法則を発表 歴史 Abbe (米) 子宮癌をラジウムで治療 |
1905年
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Perthes 口唇癌の治療 |
1905年
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Wendel 食道癌を治療 |
1905年
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Wickham & Lacapere 子宮癌のラジウム治療 |
1905年
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1月
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東京電気 米国GE社と業務及び資本に関する提携契約を締結 |
1905年
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4月
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東京市本郷区春木町 酒井 嘉平治 東京医療電気製造所を設立し、x線装置を製造販売 |
1906年
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Pohl (独) 回転照射法を考案 |
1906年
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−
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リンパ節、骨、皮膚等の結核の治療始まる |
1906年
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1月
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Pohl (独) 回転照射法を考案 |
1906年
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3月
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東京電気 川崎工場内にX線管球工場を新設 |
1908年
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島津製作所 医療用X線装置の製造を始めた |
1908年
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1月
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島津製作所 蓄電池を電源とし、ウェネルト断続器つきインダクションコイル式X線装置を 完成し販売 |
1908年
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4月
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後藤風雲堂 ヒルマン、ライニーゲル・ゲベルト ウント シャル社製X線装置の日本一手販売契約を結ぶ |
1909年
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Dominici (フランス) ラジウムによる子宮癌治療 |
1909年
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スエーデン ストックホルム市に Radiumhemmet 設立される |
1909年
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1月
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東京シーメンスハルスケ会社 別製100センチX線用インダクションコイル装置を発売 |
1909年
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4月
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芝浦製作所 GE社と技術提携 |
1910年
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Albers-Schoenbeg 子宮筋腫のX線治療 |
1910年
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Forssell (スエーデン) 子宮癌のラジウム治療 |
1910年
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Koeler 篩照射法を考案 |
1910年
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Reifferscheidt 卵巣の放射線障害の組織学的研究 歴史 Fraenkel 良性婦人科疾患のX線療法 |
1910年
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4月
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島津製作所 ベンジンエンジン駆動発電機+蓄電池−インダクションコイル式X線装置を製作 販売 |
1910年
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4月
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陸軍軍医学校にシーメンス社製新式X線装置を据え付けた性能は11万ボルト、5-15mA、交流電源、価格5000マルク |
1910年
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4月
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陸軍軍医学校・主任は肥田七郎軍医正、久我亀二等軍医取扱い |
1911年
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4月
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東京市施療病院にライニーゲル社製イデアール型X線装置を設置 価格3160 円 |
1911年
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10月
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東大皮膚科にザニタス社製治療用X線装置を設置 |
1911年
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10月
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島津製作所 アルミニュウム整流器使用交流電源感応コイル式X線装置を製 作販売 |
1911年
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10月
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東大皮膚科にザニタス社製治療用X線装置を設置 |
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